「どう終わるべき」と言ってみたけど、この記事では「アイドルの終わり」というものを考えて適当に自分の思いを綴っているだけなので、答えのようなものを出す気はない。
というかその問いに対する正解の答えなんて存在しないと思うから。
『友よ』のMVが今朝公開されました。
ここ数ヶ月の5人の言葉を聞いていると、色々思うことがあった。
まず、まだまだこの人たちは諦めてないんだ、ということ。ずっと消えずにあったのかもしれないけれど、最近特に「売れてやる」という野心を強く感じる。
この歳になって、メンバーが抜けたとはいえ大きな仕事も安定したレギュラーもある中、それでも彼らに感じるのは焦燥感。
それはファンである私も感じてる。
嵐の活動休止。
発表された時は青天の霹靂だった。
いや、アイドルっていつもそう。SMAPの騒動だって全くの寝耳に水だったし、報道が出てからもまさか本当に解散するなんて予想しなかった。
渋谷さんの脱退も、錦戸さんの脱退も、週刊誌の記事こそあれ、「いやいや、まさかな」というのが大きかった。
最近のアイドルは特に寿命が伸びている。
かつてのアイドルというのは人気絶頂で解散する、20代で解散する・引退する、というのは珍しくなかった。
いや、むしろ今みたいにアラフォーまで活動してる方が異例の事態。
結局、アイドルというのは若さとか未成熟さっていうのが大きな魅力の一つなんだと思う。
『村上マヨネーズのツッコませていただきます!』で共演しているブラックマヨネーズさんは大体10歳くらいエイトと年齢は違うが、活動歴で言うとほとんど同期である。
それくらいアイドルのスタートは早い。
10代半ばで志し、20前後で下積みを経てデビュー、というのが一つの王道パターンだと思う。
だからアイドルを社会人に当てはめるならば+10歳して考えるべきだと思っている。
今の関ジャニ∞の最年長は38歳、最年少で34歳。10歳足せば48〜44歳。
ベテランとまではいかないが、中堅と言うには若くない年齢。
定年が65歳だとすれば、もうそろそろゴールも視野に入れなければいけない年齢になる。
ただし、これはアイドルの場合である。
実際にはまだ30半ば、まだまだ転職したり夢を目指したりするのには遅くないと思えるくらいの年齢だ。
だからこその辞めた2人の決断もあったのではないかと思えてくる。
人は老化する。
どんなに綺麗な人でも20代の美しさを30年後に叶えることは難しいだろう。
歳を重ねたからこその美しさというのもあるかもしれないが、残念ながらアイドルという職業はその逆を行く。
だからこそ若いうちに大きなステージに立てるという夢を秘めているが、同時に散るのも早い。
未成熟、未完成を魅力とすることは諸刃の剣なのだと思う。それを売りにしていることで舐められるし、実力を下に見られる。
体力的にもいつまでも歌って踊って、というのは努力ではどうにもならないものが襲うこともある。
十五祭はとても美しかった。でもそれと同時に終わりを感じさせられた。
いや、終わりが後ろにあるからこそ美しかった部分もあるのかもしれない。
その終わりの正体が分からなかった3ヶ月前、私は十五祭に参戦しては「もしかしたら本当に終わる気なのかもしれない」と怯えていた。
結局関ジャニ∞は存続、錦戸さんの脱退という結末に終わったけれど、それは本当に3月に決定していたことなのだろうか?と今でも思ってしまう。
メイキングや1ヶ月しかなかったリハーサル期間、47都道府県ツアーの準備期間の短さ、当時の発言を思い返しても、関ジャニ∞が畳まれるという選択肢がかなり現実的に遅い段階まで存在していたのではないか。
それでも関ジャニ∞は泥臭く咲き続けることを選んだ。
今日の関ジャニ通信の収録は紅白発表の当日だった。
「(紅白出演できるか)危ないなぁ。
でも毎年思ってますよ。毎年ほんまにあんのかなって。当たり前じゃないよなぁというのは、思うで?
えらいもんで、去年一昨年は、マジで、いや若手と変わるんちゃうかとか思ってたもんね。
去年キンプリが絶対決まるやろうなって、なんとなくね、世間含め、あるやん?そりゃキンプリいくやろーって。てことは、誰か漏れるなってなったら明らかに世代交代で言うたら俺らちゃうんかって、いうのはあったで。
俺らの中でもなんか今年どうなんねやろうなっていうのはなんとなくこうヤキモキしたりはするから。
(選ばれた時は)ヤッターとかいうよりは、まだ選んでくれはんねやって、ありがとうございますですよ」
「(選ばれないのは悔しい)だからもし司会や、ってなったら、自ずとね、(グループの出演も)半分は確定するんちゃうかとか思ってたからね。そのためにも俺、言うてんねんけどなぁ」
ここまで人気なグループでさえ、こんな不安を抱えてやってるんだなということに改めて驚いた。
というか、キンプリが入ったら誰が落ちることになるのか、自分たちじゃないか、という話があまりにもリアルすぎた。
正直今の事務所を見てると、若手に切り替えていきたいんだろうなというのをひしひしと感じる。
そんな中でアイドルをやってる関ジャニ∞さんが今どう思ってるのか正確に知ることは出来ないけれど、焦りを感じるのは当然だと思う。
少し話は変わるが、私もブログを何年か書いていて、別の場所で別の媒体で文章を書くこともあって、今まで無縁だった「あなたのファンです」とおっしゃってくれるような方と出会うことになった。
正直今でも「いやいや、私にファンなんかおらんやろ」って思うし、そのことを今ここで書くのもめちゃくちゃおこがましいような感じがする。
ヒット数が1日1000を超えたり、読者数やお気に入り登録者数が100を超えたりしても、「実際のところ10人もいるのかな?」ってずっと思ってる。
誰が読んでくれてるんだろうって、ずっと不思議。
こんな小規模なプロですらないただの趣味ブロガーと国民的アイドルを比べるのはなんだけど、でも、薄っすら彼らの抱える不安感や焦燥感を理解できた気がした。
数としては読者がいるはずなのにいないんじゃないかと思ってしまう感覚は、毎回チケットが売り切れていることは分かっているのにドームの席が埋まっているか不安になる感覚と少し近いものがあるかもしれない。
村上さんはよく「俺にファンなんかおらん」という発言をする。
ファンからすれば、というか客観的に見ればそもそもその仕事が成り立ってる時点でファンがいないわけないし、ファンクラブの名義の好きなアーティスト欄集計すれば分かるだろって思うし、グッズの売り上げとか少なからず届いてるはずのファンレターとか見れば分かるだろ、って思う。
思うから「そういう冗談なんだな」って片付けることが多いけど、実際のところ半分本気でそう思ってるんじゃないかと私は思ってる。
ファンという存在って驚くほど流動的で非現実的で匿名性が高い。
発信者側から見ると動く数字としてしか、どうやっても実態を掴めない時がある。
動く数字はとても怖い。
1人も欠けて欲しくないと願う。
私たちがメンバーに欠けて欲しくないと思うのと実はそう変わらないんじゃないか。
でもそれは不可能に近い。たとえ数字が大きくなったとしても、出ていく数字を入ってくる数字が上回っただけなんじゃないかと思い、数字が減れば出ていく数字だけのことを考えて入ってくる人など誰もいないのではないかと思う。
矛盾してることは理解できる。でもあまりにも不確かな存在で、リアルじゃない。
想いは伝えなければ伝わらない。居るだけでは分からない。ただの数字だ。
47、ボーイTシャツ、ぼちぼち大切な夜、ソロアングル、関ジャニ∞TV、47diary、くらすます。
とにかくファンを掴もう、売り上げを伸ばそうというのが見て取れる多くの企画。
それもかなり細かくファンの意見が素早く取り入れられてることを感じる。
それでも人の気持ちを操ることはできないのが事実。
アイドルとファンって、側からみればアイドルが上で、ファンが下で、みたいなところ正直あると思う。
でも実際のところ商品と消費者にすぎない。
商品に魅力がなくなれば消費者は去る。売れなくなった商品は廃盤になる。新商品が生まれる。
別になんてことない普段からスーパーや多くの会社で行われているプロデュース。
しかし普通の商品と違うのは、アイドルというのは商品が生身の人間であること。
だから私はアイドルの終わりがどうあるべきなのか分からない。
生身の人間に永遠なんて存在しない。とても儚い存在である。
だからこそ美しく、魅力的。
でもそこには生々しい苦労、疲労、不安がある。
時々、他人を「美しい」と評価することはとても残酷なのではないかと思う時がある。
苦労も努力もコンプレックスも「美しい」という言葉にかき消された時、その評価を得た人間の人格というのはどこにやればいいのだろうと考える時がある。
そんなある意味暴力的で簡単に歪む評価軸の元でひたすら努力していかなければならないのがアイドルという職業なのではないか。
でも、そんな中でひたむきに、健気に輝き続けようとする推しが美しくて愛おしい。
花が咲いてるうちに、美しさを失わないうちに終わるべきなのか、枯れそうになったときに終わるのか、枯れてしまったときに終わるのか。
自分で終わることを選ぶ前に終わらせられることもあるだろう。
アイドルにどう終わって欲しいのか、私の中ですら答えは出てない。本音は終わりなど考えたくない。永遠であって欲しい。
でも汚く散るところは見たくない。終着することのないオタクのエゴ。
咲けばいつかは散るとしても
ずっと懸命に咲いてみるから
もしかしたらアイドルの方こそ永遠でありたいと願っているかもしれない。
自分たちが永遠に咲いたまま人々を魅了し続けることを願っているかもしれない。
そういう意味では、咲き誇っている中で終わらせてしまうのはそれを叶える一つの手段なのだろう。
でも自分たちがいつかは散ることを、きっと痛いほどわかってる。
ファンはどう終わりと向き合えばいいのだろう。